鍵盤を叩く。
指が弾むように滑らかに動くのは気持ちが良い。
その指に合わせて、室内に響く軽やかでけれども質量を 持つような音。
心が静かに沸き立つけれども同時に落ち着く。


「やはりお前が弾くと全然違うな。」
「は?」
「いや、調整をしてもらった後に自分でも少し弾いたが 全然音が違ってな。調整がおかしいのかとさえ思った。」
「ああ…調整士をお呼びしてくださったのですね。道理 で音がいつもより響くと。」
「古いものだからな。」

丸暗記しているから本来は必要もなかった楽譜をローデ リヒは閉じる。
「もう一曲宜しいですか。」
「ああ、そうだな。俺も頼む。」

横で書類をわざわざここに持ち込んで仕事をしていた ルートヴィッヒは笑ってそう言った。
言葉に甘え(許可が下りなくても弾いてはいたろうが) もう一度鍵盤に指をかける。その時。



「ヴェー!」



「!」

「わーやっぱりローデリヒさんが弾いてたんだね!」
「お前!」

ノックもせずに入ってきた相手にルートヴィッヒは怒 鳴っている。
ローデリヒはそんな光景を見て漆黒のピアノの蓋を閉じ 微笑んだ。

「久しぶりですね。フェリシアーノ。」
「うん!あのねーあのねーピアノ庭の外で聞こえてきて ねー凄い綺麗でねー絶対ローデリヒさんだと思ったんだよー。俺、ローデリヒさんのピアノ大好きでよく覚えているもん!」


ヴェーヴェーと相変わらず動物のように鳴きながら嬉しそうに彼は喋る。



その横で肩を落としているルートヴィッヒもいた。

これで午前の仕事は大幅に遅れるだろう。
最近来ていなかったのだが元々この家は彼のお気に入り の場所なのだ。

「私はフェリシアーノの音楽も好きですよ。今度久しぶ りに一緒に演奏しましょうか。」
「わーいいなぁ、そしたらエリザさんも久しぶりに呼ぼ うね、楽しそうだよ、ねぇルート。」

相変わらずスキンシップが好きな子だ。
暫くすればルートヴィッヒの腰辺りにしがみ付いて楽し そうに騒いでいる。

ルートヴィッヒはあまりに困ったような顔をしているが それでも強く跳ね除けない。
既に何度かしてみて無駄なのは分かっているからだから かもしれないが、れでもどこかやはり甘やかしていると思う。
本人に自覚はないのだろうけれども。

ローデリヒは助け舟を出してやる事にした。


「フェリシアーノ。貴方がもう少し大人しくしているの なら今日は私が昼食を作ってやれるのですが。」
「本当!?じゃあ俺大人しくするよー」
「何が食べたいですか?」
「何でもいいよーローデリヒさんの作るもの何でも美味 しいよー前はルートの家に遊びに来たらポテトぐちゃぐちゃばかりで寂しかったけれどローデリヒさんがいるといいなぁ!」
「悪かったな!というかならば飯時に人の家を連絡なし に訪ねるな!」

怒られてもどこ吹く風で、けれども一応窘められたから 抱きつくのはやめた。
それでもルートヴィッヒの傍からは離れず隣に椅子を 持ってきてそこに座った。

「ねぇねぇルート、これ何の書類ー?」
「…お前のところにも同じものがあるはずだぞ。」

仕事の進みが遅くなることには変わりはなさそうだけれ どそれでもペンを持つことができたようなのでそれを確認してローデリヒは台所に向かうことにした。




何を作ろうか。

今日は爆発させないようにしないと。




「フェリちゃん来てんの?」
「………」



いつの間にいたのかギルベルトは廊下から顔を出した。

少し顔が綻んでいるのが分かる。

「今、大人しくしているのだから突付きに行くのはおや めなさい。貴方が行くと彼、落ち着きませんから。」
「チェッ…ヴィッヒやお前ばかりになんで懐くかねぇー 俺だってドイツだぜ?」
「………」
「何だよ。」
「貴方、私をドイツ扱いするのを嫌がっていたじゃない ですか。」
「あぁ…?何が言いたいんだ?坊ちゃん。」
「別に何も。」

台所に足を向けて彼を無視する。
そうするはずだった。

「フェリちゃんとヴェストがいちゃついているからイラ イラしてんの?」
「−」

振り返るとニヤついた顔が自分を見ていた。
それを見た瞬間、胸が冷えた。青白い光が目に一瞬ちら つく。
似ている。何に?

「何を、」
「だってお前。」


ヴェストの事、−

「…っ!!」
その言葉を。
聞きたくないと思った。


「す…」
「 おやめなさいっっ !!!」

「っ!」

思ったよりも大きい声だった。
広い廊下に響く。乾燥した空気に反響して。

「…お前、」
「………」

唖然とした表情のギルベルトに自分はどんな顔を返して いたのだろう。


「…気づかれてないと思ってたのか?」

「!」

顔から火どころかマグマが出そうだと思った。
何を言うのだ、この男は!

「おふざけはおやめなさい!」
「あ、ええと…あー悪い…」
「!!!」

なぜ謝るのだ。
いつもならもっと突っかかるだろう。
その情けない顔はなんだ。
からかわれているのですらない?

同情された?
何で?


「おい、どうした。」
「!!」

背後から低い声が聞こえた。

「また喧嘩か?」
「あーあー気にすんな!」

ギルベルトが声を聞いて廊下を覗いたルートヴィッヒの 顔を見て面倒そうな態度でそう言った。
けれどもルートヴィッヒは納得してないように声を続け る。

「いい加減にしろ、兄さん。今のエーデルシュタインに そこまで突っかかるのは大人気ないと思わないのか。」
「……っ」

肩が強張った。
なぜか胸が冷たくぎゅうっと不快に締め付けられる。

今の自分。

その言葉になぜか痛みを覚える。

「大体兄さんは今、ただでさえ上からうるさく目をつけ られているんだ。自重を覚えてもらわないと…」
「あーあーあー!わかった分かった!大人しくしてい る!今日はまだ眠いし寝てるよ、それでいいだろうが。」
「?…」

聞き分けの良すぎるギルベルトにルートヴィッヒは顔を 顰めている。
けれどそんな表情さえ気にせずギルベルトは逃げるよう に立ち去った。

ローデリヒは呆然と立ち尽くしている。
頭と胸が虫が這うようにざわついて気持ちが悪い。



「…おい、何かされたのか?顔色が悪い ぞ。」
「……いえ、何も。少し言い合いになっただけです。気 になさらないで下さい。」

「ヴェー…ローデリヒさん大丈夫?」


ルートヴィッヒの背中からいつからいたのかフェリシ アーノが 顔を出した。

ギルベルトがいたから隠れていたのだろう。
ローデリヒを見上げて心配そうに鳴いていた。

「大丈夫ですよ。ちゃんとご飯は作れますから。」
「無理しないでいいよ。何なら俺作るよ。」
「それも素敵な提案ですが…もうメニューも考えて作る 気になってしまっているので…心配しなくていいですよ。」

優しく笑ってフェリシアーノを見下ろした。
何だかんだでこの子もそれなりに他人に気を使えるくら いにはシッカリしている。
戦争においては確かに弱いのかもしれないが経済や文化 を考えれば国としては立派に機能しているのだ。


自分よりも、ずっと。


「……作ってきますね。」
「本当にいいのか?」
「同じ事を何度も聞くものじゃありませんよ。お馬鹿さ ん。」

そう言ってローデリヒは踵を返した。
わずかに目を細める。



顔が。

ルートヴィッヒの顔が見れなかった。


そしてルートヴィッヒにも自分の顔を見てほしくないと 思った。




何て単純なんだろう。
この感情を見て見ぬフリを続けていて、それで充分やっ ていけたのに。
あんなつまらない一言で何でこんなに乱れてしまう。
あの男のせいだった。
あの男の言葉のせいだった。
あの男の顔を見て蘇る記憶のせいだった。


「………」



あぁ

なんて惨めなんだろう。
















NEXT



           

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!