剣が似合わない、と言われる事が大嫌いだった。

「…ローデリヒ。着替えなら用意しているぞ。」

上司の声だ。
何の話だか一瞬分からなかったがなるほど。
暑くないのに汗でベタリとするのが気持ち悪いと思った らこれは、血か。

白い美しい軍服が真っ赤に染まっているのだ。

「あぁああ！」
「！」

敵兵の雄叫び。

真夜中の静寂に醜く響くのが気に入らな い。
月が美しい夜になんて不躾だろう。

呆気にとられた上司の顔を見ている暇はなく。
細い銀色の刀身を音少なく横に薙ぎ払う。
刃に負担をかけないために真っ直ぐに、そして最低限の 力をかける。

「お馬鹿さん。」

そして優雅にまた刃を落とす。

首がガクリ、とおかしく曲がる。
その折り目から溢れる赤の色。
その体が地に伏せる間に溢れに溢れ小さく雨になりまた 肩を濡らした。


「………」
斬りかかれそうになった上司の無事を確認して。
少しだけ冷たく柔らかく微笑んだ。

「どうせすぐにまた汚れてしまうのですからもう少し落 ち着いてでないと意味はないでしょう。」
「……」

この新しい若い上司の一人はこの旗の意味を知っ ていないのだろうか。

赤（ロート）に線を引く白（ヴァイ ス）の旗。

そしてローデリヒがこの地に産まれた理由を。

戦うために産まれた国だ。
そのために自分を創った彼とはもう大分会ってもいない がそれでもその意思は忘れない。
彼は今の自分を見て何と言うだろうか？

けれど彼の意図とはもう関係なく
猛々しく誇り高く在る事が今のこの世界で理想であり最 も美しい姿だろう。

急に成長した体は骨が痛むけれど、そうするため に出来るほどの力を持てた事に自分は確かに安堵した。


自分を呆然と見るまだ若い上司を見てローデリヒは微笑 んだ。


「？」

「貴方、は…」

この姿を焼き付けておくれ。

私の生まれた意味と
私の旗の意味を知り
そういう存在だと思っておくれ。


そうしていて
だからお願い。

言わないでいてね
あの言葉を

「こんな事を言うのは気が引けるんだが…」
「は？」

大分調理が済んだ頃になってルートヴィッヒは台所に顔 を出した。
今はまだ顔を見たくないような気がしたが、そんな気持 ちを無視してローデリヒは顔を上げる。

「何でしょう。」
「…お前もここに住んでいるのなら気づいているとは思 うが…最近兄さんの体調が芳しくない。」
「ああ…」

やはり痩せていたり、疲れていたように見えたのは見間 違いではなかったのか。

「…最近兄さんに大して周りの反応が良くなくてな。」
「…そうなのですか。」

どうしても自分たちは体質上、周りの感情や考えで力は 弱体してしまう。
所詮は概念の塊が肉体を持ったような存在だ。仕方な い。

「だからな…多少は何か突っかかれても流してやってく れないか。俺たちが些細な事で争うのを多分よくないと思う。…上司に目をつけられても困るし。もちろん兄さんにはもっと強く言っておくが。」

「……彼は何かしたのですか？」
「いや、家の風潮の問題だ。…兄さんは悪くない。」


元々彼の国の人間はルートヴィッヒ以外を自分の国と認 めたがらない傾向にある。
だからこそ同じ血を持ち近い場所に住みながらも色々な 血を抱えてしまった自分も苦労をしたものだ。

「一番いいのは兄さんが大人しくしてくれる事なんだが な…」
「………」


少し苦笑した。


ルートヴィッヒはギルベルトの献身をほとんど覚えてな いのだろう。

かつてルートヴィッヒをドイツと名乗らせるために国と しての自分の名を実質上、捨てた事を。
生まれた時に忘れて、そして教わっていないのだ。

ギルベルトはそんな事を誰にも話さない。
だから、自分も今は話さない。


ギルベルトが誰のために戦って国として終わったか。
そんな事をルートヴィッヒは知らなくていいのだ。

ただ、それでも彼をただ暖かいもので繋がった愛しい兄 として覚えていればいい。


ギルベルトにはそれを望み、そしてそう思われても良い 資格があるのだろう。


「……分かりました。」

そして自分に出来るのはルートヴィッヒのそんな平穏を見守る事くらいだろう。
いつか何かを思い出した時にはギルベルトの行動を知っ ていて、ルートヴィッヒが成長していく姿をずっと見ていた自分は助言くらいは出来るかもしれない。
そしてあの子とまた笑って暮らせばいい。

それだけでいいのだ。
自分に出来る事はそれくらいだろう。

…それも出来ずにもしかしたら消えているかもしれない けれど。
それもそれでいい。

だから必要はなかった。
この感情に名称などいらなかった。


ルートヴィッヒにきっとそれは重荷でしかないのだか ら。

だから出来れば気づきたくなどなかったのだ。