穏やかに時間が過ぎた。
フェリシアーノと世間話をしながらエリザベートの最近の様子も聞けた。
彼女も何かと忙しくあるようだが元気だと聞けて安心した。
近いうちに顔を合わせておきたいと思う。


爆発はさせなかったがだいぶ汚してしまった台所の掃除をしていると 廊下で早足が聞こえた。
シルバーのフォークを拭きながらその足音の人物に声をかける。



「…いかがしました。」
「兄さんを見てないか。」

少し息が荒いルートヴィッヒにローデリヒは目を顰めた。

「寝てたのではないのですか。」
「…少し外に出ると言ってたらしいんだ。すぐ戻ると言ってたのだが。もう二時間はたっている。」
「困ったお人ですね…」

もしこれが自分ならば道に迷ったのだろう、ということになるのだろうがギルベルトでその可能性は少ない。
ルートヴィッヒは困惑の表情でいる。

「探してくる。」
「私も…」
「お前が来たら迷子が増えるだろうが!」

ギッ、

「!」

扉が開く音に廊下にいた二人は振り向く。


「ギルベルト兄さん!」
「……悪い。」

罰が悪そうな顔をしているギルベルトがそこにいた。
大きな声で名を呼ばれ肩を竦めていた。
けれどそんなことはルートヴィッヒの目に入ってはいない。


「どうしたんだ、その怪我は!!」

「…いや、その、な……」

ギルベルトは口篭る。
銀の髪に血の赤は目立ち、それを拭おうとした袖も血まみれだった。
泥の匂いが沸き立って土の上に転がったような後も見られる。
一目で分かる。
喧嘩だと。


「誰と争ってきたんだ!!?」
「……エリザの野郎に会って、、」
「エリザベートは今、自分の家から出ていませんよ。フェリシアーノが言ってましたから。」

余計なことを。
そう睨まれたのは分かったがそれどころではなかった。

「…家の一般人か。」
「……あ、いや。」
「どうしてそうなんだ!ただでさえ今の上司が兄さんに目をつけているこんな時期にそんな事をすれば問題になるだろう…!!」
「ごめん、本当に悪い。ヴィッヒ。勘弁。」


さすがに悪いと思っているのか目を逸らして小さくなっている。
ルートヴィッヒは相当怒っているのか、それでも怒鳴り続けていた。
仕舞いには肩を掴んでギルベルトを揺すっている。
あんなに掴んだら痛いだろうに。



−ジリリリ

「!」
電話だ。
「…く、」

あの部屋の電話はルートヴィッヒの上司に直接繋がっている。


「……ギルベルト!部屋に戻っていろ!」

あの礼儀正しい弟が兄を名前で呼び捨てるのはかなり怒っている証拠だった。
ギルベルトは申し訳なさそうな顔をしてそんな弟の背中を見送る。
そして言われた通りに部屋に戻ろうとしているのだろうが、

「…貴方のことでしょうかね。」
あの電話は。
「………」

無言で赤い目が振り向く。
ローデリヒは冷たくその視線を返した。


「彼がいくら優秀でもこれでは意味がないですねぇ…」

こんな事を言うつもりはなかった。
けれども自分も苛ついている。
この男の全てに苛ついている。

ギルベルトは舌打ちをしてローデリヒを無視しようとした。
けれども言葉を続ける。

「まさか一般人と喧嘩なさるようなほど野蛮人だとは思ってませんでしたよ。…元・騎士団の誇りはなくしてしまったようですね。」
「…っせぇな。」

ふ、と笑う。皮肉な風に。
そして

言ってはいけないはずだった事を口にしていた。


「ルートヴィッヒと共倒れでもしたい願望でもあるのでしょうかね。…困った兄だ。」



ルートヴィッヒ。

その名前にギルベルトは無視を出来なかったのだろう。
赤い鋭い目を更に尖らせてローデリヒを睨んだ。
そして叫んだ。
ここ最近は聞き覚えのない声。
昔のあの時のような声で。



「−  黙れっっ!
…この雑種がっ!!」



「………っ!!」

「貴様に口出しされる覚えはねぇんだっ!!!これはドイツの問題だ!よそ者の居候は黙って床でも拭いてりゃいいんだよ!!!」

白い壁を黒ずませるほどに殴り、ギルベルトは詰るように叫んだ。
乾ききってない血が飛んで廊下と壁を汚す。
舌打ちをまたして自分を汚いものでも見るようにした。
そしてそれ以上は何も言わなかった。

呆然としているローデリヒを置いて、今度こそ部屋に戻る。


(………)



雑種。



そんな事は散々あの男に言われていた。
あの男以外にも言われた。
もう慣れていた。

けれども今は言われたくなかった。
唇を噛む。

言ってはいけない事を自分が先に言ったのだ。
らしくない。ギルベルトより若いとはいえ自分はこんな幼くはなかった。
けれど、でも、どうしても落ち着かないのだ。

彼を。

ルートヴィッヒの。
彼への自分の感情を事を考えてしまえば。
自分の立場を考えてしまえば。


だって。
惨めではないか。


(………っ!!!)



こうして同じ家に住んでいても結局はそうだ。
きっともう自分は貴方達に認められなんてしない。
彼にどんな感情を抱こうとそれは届きなんてしない。


自分は貴方たちのように誇り高く剣を上げられなかったのだから。




そんな事を自覚なんかしなければ
ローデリヒはいつものように澄ました顔で過ごせたのに。










「もういい。」
「は?」


「お前はもういいんだ。ローデリヒ。」

剣を握った瞬間にそう止められる。

「私たちだけで充分だ。もう明日には必要はないんだ。」



あの若かった男はもう五年もたてば立派な主君だった。
顔つきも口調ももう違う。
自分もまた少し背は伸びたがこんな成長を自分はしない、

そして成長した男はもう理解をしていた。



「明日はマリアのところの娘を連れてブルボン家に直接向かう。用意をしなさい。」
「…どういう、事ですか。」



己が属する国が。
ローデリヒが。
オーストリアがどんな国なのかを。

男はもう理解していた。


そしてこう言った。

言わないで、とそう願ったのに。





「Der Krieg wird die anderen Familien anvertrauen.
Frohes 0sterreich.Heiraten Sie」



戦争は他家に任せておけ
幸いなオーストリアよ、汝は結婚をせよ







そして銀色の冷たいだけの剣はローデリヒのその細い指から落とされたのだ。









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