「似合わねぇな、それ。」
「余計なお世話ですよ。」

黒く硬い皮の軍服は確かに肌には馴染まないけれども。


鎖の音がする。
鉄の匂い。湿気が少ないことがまだ救いの無機質なだけ の空間。
冷たい部屋の空気はローデリヒの好きなものでなかっ た。
一応簡易なベットはあるがもちろん上質な物ではない。

その上に赤い目の男がいた。ギルベルトだ。
銀色の髪は闇に溶けそうだが、赤い瞳はくっきりと浮か んでいた。


その上で両手を鉄の手枷で拘束し繋がる鎖はベットサイ ドに繋がっている。
両手の間の鎖は両手を振り切る事はできないがある程度 の一般生活を送れる程度の長さ。
腕を真っ直ぐ正面に伸ばす事はできないが肘を曲げて食 事くらいはできるだろう。
そしてその手枷から伸びる鎖は今は短くまとめられてい るが長い。解けば部屋の中を歩き回れる程度はある。

だからそれは普段は行動の拘束のためにあるのではな く、ギルベルトがそういう立場なのだと教えるために付けられているのだろう。

あの国の人間はそういう事が好きだ。

今鎖を短くして動かせないようにしているのはこれから の行為で暴れさせないだめだろう。
鎖は武器になる。


「−お前が来たのか。」
「ルートヴィッヒが宜しかったですか?」
「………」

ギルベルトはその名に目を顰めた。

「…思ってたけれど最近、お前おかしいぞ。」

普段ならローデリヒは彼の名をこんな風に扱わない。
ギルベルトにとってもローデリヒにとってもその名は大 切なもののはずだ。

「貴方に言われたくないですね。」
「まぁ、ちがわねぇけれどよ。」
でも。

「お前は、もう少しマイペースな奴だと思ってたんだけ れどな。」
「………」

自分だってそう思っていた。

だからこそ現状が気持ち悪いのだ。
だからこそ修正をしたいのだ。
それが却って破れを広げる行為だとしても何もしないで はいられない。
そんな愚かさを自分で理解できないのに。
冷静でいられないそんな自分が嫌だった。


「で、どうするの?」
「………」
「お前分かってんだろ?これがどういう事なのか。」

これは。
ギルベルトのためだけの刑罰などではない。
ローデリヒの。
オーストリアの抑制のためである。

お前も何かあれば、こういう扱いを受けるのだろ。
その時は最も嫌いな目の前のこの男が自分の部屋に来る のだと。

多種の血が混じりゲルマンの純血を失ったオーストリア と
そもそもの純血だからこそ己達の血を脅かすプロイセ ン。
『ドイツ』にとっては両方とも正直に言えば邪魔なの だ。

だからこそ潰し合ってくれるのが有難い。
ドイツが求めているのが生粋のドイツ国家であるルート ヴィッヒだけだ。

抑制し合い潰しあいそしていつかルートヴィッヒの全て を明け渡しドイツになる消えていく事をきっと望まれている。
誰かの首を絞めるために自分の首輪の鎖を引き、絞め る。

ルートヴィッヒの。
ドイツのために。

けれど。


「分かっていますよ。」
「………」

…併合とはそういう物だ。

『ja』と書いた。
この大切な指がペンの跡に黒ずむほど
何回も何通もそれを書いたのはローデリヒだ。


それでも良かった。



今度こそ
同じ血を持っていたはずなのに疎外されずに済むのなら
もう一人で広いだけの部屋に残されなくて済むのなら

ルートヴィッヒと居られるのならば


それでも良かったのだ。


それが国民の意思でローデリヒの意思だった。


…そして

「…貴方にもその覚悟はあるはずでしょう?」
「………俺の話はしてねぇよ。」
「そうですか。」
「俺とお前は違うだろう。」

黒ずんだ染みの見える乱れたギルベルトのワイシャツを ローデリヒは掴んだ。
血の跡はあるけれど傷はほとんどない。多少の傷などす ぐに塞がる。そういう生き物だ。
自分達の体はただの一兵士に傷つけられたくらいでは取 り返せないダメージなど負わない。
けれども自分ならば?

「!」

部屋に響く肌を叩く音。

「そろそろ生意気なお口はお閉じなさい。今が何の授業 がご理解しているのでしょう?」


分厚い皮の手袋でその頬を平手で打った。
ただでさえ弱っていたのに軟禁されて大分力をなくした 体はそれに姿勢を崩す。
わずかに背が倒れそうなのを肘で支えてギルベルトはゆ るり、と自分を見上げている。
けれど。

「!!」
ローデリヒは身を捩り、それを避けたのだ。
「……この、」
ギルベルトは自由である足で不自由な姿勢からローデリ ヒに膝を入れようとした。
さすがにこの体勢でまともに蹴られなんかしないけれ ど。

「っ!」

だからローデリヒは首を掴んで壁に押し付ける。
力任せにただ殴りつける強さで。肩が軋むのか少しだけ 唇を噛んでいた。
ベットに乗り上げ足を押さえ乗りあがった。

首を少しだけ力を入れて押さえるとギルベルトの喉が僅 かにひくつく。



「…いい加減に現状を理解なさい。お馬鹿さん。」

喉を掴む指に更に力を込める。



「、ぐっ」

思ったよりも力が出ていないらしい。
普段なら自分の体重が乗ったごときでは足を動かせない なんて事はないはずだ。
ギルベルトの目が細められる。

「げ、…ごっほ、、」

充分に酸素を奪ってからそのまま髪を掴んでベットに横 倒させるように押し付けた。



「危ないですよ。大人しくしてなさい。」
「な、に…」

ローデリヒは服の中から棒状のガラスケースを取り出し た。
ケースを開ければ中には注射器が入っている。
けれどギルベルトにそれを見られる前に行動に移した。

ベットに更に乗り上げ腰を抑える。


「ど、こ触って、」
「すぐ終わります。」

注射器を当てる。

静脈注射が確実だがさすがに暴れられたら危ない。
筋肉注射で一番効果的と言われるのは臀 部の下から外側の部分だ。

静脈より即効性はないがそれでも薬が回 るのはかなりの速さのはずだ。




「っ!!」

そこに服の上から針を通す。
針が入っている所を暴れられたら危険だから自分の力の 限りでその瞬間は抑えながら。
…針の感触を知ってギルベルトもそれは察したのか少し は大人しかったが。

入れたらすぐに抜く。
衛生を考えれば服は脱がしてからやりたかったのだが今 のギルベルトでもそこまで自分の力で出来ないだろう。


「て、め…何を、、」
「すぐに分かりますよ。」


薬の効果を知らないせいかあの傲慢な男の表情が僅か不 安に弱弱しく見えた。
胸が透いた。

それでいい。


この男を暴いて、落してやりたい。

この男がいるから惨めになる。
屈辱を覚える。思い出す。

原型をなくせ。
記憶を再生させるきっかけなどいらないのだ。


ギルベルトさえいなければ全ての汚濁を見ずに忘れて ローデリヒは美しいフリをして生きていける。


だから同じ汚濁を味わえばいい。
ローデリヒの惨めさと屈辱を知ってそんな自己に逃げ惑 え。
穢れを知って正視出来なくなればいい。
自分から視線を逸らしてくれればそれでいい。

あの時と同じその赤い目に見つめられる事が何よりも屈 辱なのだ!



「………」


ただ
それでも





屈辱さえ忘れなければ生きていけないそんな気持ちは


けしてこの男には一生理解などして欲しくはないとどこ かで…そう思った。



















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