「あ、ぁ…っひ、あ、ああ…」
「…気持ち良い?」
「っ」
「…腰、揺れてますよ?はしたないですねぇ。」

耳元で囁けば顔を逸らされる。
けれどもうそれは嫌悪からでなくただの反射だろう。

目の焦点はだんだんと揺れて目の煌きも薄くなる。
けれどそれでもその整った顔は醜くは歪まない。


「あ、ぁ、う、う…ぅう、」

ただ快楽だけを貪るように全てを明け渡してしまえばい い。
もう少しだ。
既に足はローデリヒの腰に絡めたそうに置いてある。


ガクガクとまるで人形のように揺れる体。

「…ギルベルト?」
「あ、あ、…は、あー…」

かち、かち、と歯が鳴る音。

(…これは?)

呂律どころか歯の根が合っていない。
薬を入れてそろそろ30分過ぎだ。
渡されたその性能の強さは詳細を読んではいるが体質や その時の体調にも寄ってしまうだろう。

…これは、もう利きすぎの範囲だ。
本当に依存性は大丈夫なんだろうか?

もう本人は苦しいとかそんな事さえも意識してないだろ うが…
いや意識を戻してしまった方がここまで来たら辛いだろ うか?
ローデリヒは彼の顔を見上げようと体を起こす。
すると。

「っあ、あ、…」
(あ)

まずい、とそう思った。
唇がよく見れば血で濡れている。
合わない歯が口の中を傷つけてしまっているのだ。
歯の鳴る音と、その血を見ればかなりの力で歯が擦れて いるのだ。

それに気づいたと同時だ。
ギルベルトが喉を引きつらせながらも息を吸うように、 大きく口を開いた。


そしてローデリヒの視界はそれに気づいてしまった。


(あ)
舌が。
あの赤い舌が歯の上に、ある。


(噛む。)


舌を、噛んで、しまう。



「ギ、ル」
余程の力でないと舌を噛み切ったって死ねはしない。
でもギルベルトの力だとどうなのだろう。今、酷く弱っ ている。


けれどそんな考えよりも先にローデリヒの思考を埋める 光景があった。

脳裏に蘇るのは記憶の底に沈んでいる何百年前。
ギルベルトと同じ銀の髪だった。猛々しい声で笑う男 だった。
敵国の勇敢と称えられた将軍。

ローデリヒの穢れの剣で殺されないために、舌を噛んで 自決した誇り高い騎士の男の姿。

ローデリヒの手のかかるより誇りのために死んだ−




(あ、)


背筋が冷たくなって、息が詰まって。
ローデリヒの思考回路はろくな物になりはしない。
それでもそれだけは嫌だった。
あれだけはもう嫌だった。

何かを探し取り出している時間などはなく。
だからローデリヒは手を伸ばす。
ギルベルトの舌の上に。
歯が落ちる場所に。
噛み千切られるかもしれない、その場所に。




ローデリヒの一番大切な…、大事な、音を奏でるため の。

指を、
差し入れた。



肉を噛む音に鮮血が飛ぶ視界。
けれどローデリヒの心臓を占めたのはただの祈るような 痛みだった。














「オイ」
「…」


「言い返したらどうなんだよ。」


もう何も言えなかった。

『足を開いて腰揺らして媚売って生かしてもらっていた 犬のふさわしい様だろう?』

ローデリヒはギルベルトの言葉に全ての気力を萎えさせてしまっていたのだ。




もう彼が自分を見る目はあの時の…自分に宣言を告げた あの時のものではない。
既に自分はギルベルトにとって戦う価値のある騎士では なく、ただの餌でしかなかった。



分かっていてもそれを言葉として聞けば酷くローデリヒ の心を折ってしまう。

せめてもの抵抗は無言でいることくらいだった。

「つまんねぇ。」

ヒュンっと風を切る音。
ギルベルトが剣を構えなおす。
止めを刺すつもりだろうか。けれどそれでいいと思っ た。

その時。
「!」


オオオオッ

「な、」
大砲の音。振動。
自分たちの知らない場所でそんな武器を使われたという 事はきっと誤射なのだろう。
振動。地面が揺れる。

「!!!」

がらり、と低音。
ここはほとんど岩場の斜面だ。地盤が安定していない。
岩場が崩れる。体が揺れる。

落ちる。


いやこの程度の緩やかな斜面の地面の崩れではせいぜい転がる程度だがローデリヒにはそう感じたのだ。


形様々の石と土がローデリヒの肌を傷つけながらその体 を転がした。
視界がガクンガクンと揺れてどこにも力が入らない。



「っチッ…!」

ギルベルトも大分姿勢を崩したようだったが着地はして いる。
坂下にいくらか平らの場所があってそこにローデリヒも 上手く転がっていた。


「あぁったく、面倒くせぇ!」


まだガラガラと崩れる音が聞こえる。
それを他人事のようにローデリヒは体を岩の上に不自然 な形で横たわらせて自分の投げ出された手を見ていた。色々な事が麻痺をしていたのだ。


ガラリ、とまた崩れる音。


紫の瞳がそれを捉えた。

スローで見える。


岩だ。


まだ崩れている岩が。




ローデリヒの手の上に。−  落ち、る。



(ああ、…)

きっとあの岩がこの手を潰す。


剣が似合わないと言われた手。
国としての体制さえ守れなかった手。



きっと神がもういらないとそう言ったのかもしれない。




(それでも)





貴方に見捨てられても
それでも私には大事な手だった。
























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